AI全盛でも決して失われないもの

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約7分

人類総神歌手時代…
カミングスーン…!!(低音ボイス)

 

的な内容をこないだお話ししたのですが、
まだ読んでない方は
ぜひこちらから読んでみてください。

 

 

人類総神歌手時代が来るけど、じゃあなぜ歌うの?/Midjouneyが神絵を1分で量産する時代

 

マジでAIヤバいです。
10年20年の技術研鑽が
一瞬にして無に帰すって可能性すらあるわけで。

 

記事ではMidjourneyっていう
AIが1分で神絵を量産しまくってる
って話をしてますが、
絵を描くって何だろうって思っちゃいますね。

 

まだまだAIにも
得意分野と苦手分野はありますが、
無限学習できますからね。

 

5年10年スパンでは
ありえんくらいヤバいことになって
人間が技術領域ではぜったいに敵わん世界
がやってくるのは確実です。

 

技術やら社会現象やなんかで
既存の枠組みが一気に破壊された
なんてこと数多くありますよね。

 

地図を読めなくても
ナビがあればいいわけで、
しかも専用機器じゃなくて
スマホの地図アプリでひょひょい。

 

これから
『地図を読む練習しよう!』
なんて思う人はゼロにはならないけど、
極めて少ないでしょうね。

 

Amazonが出てきて、
個人のリアル店舗は激減しました。

 

携帯電話が出てきて
公衆電話は姿を消しました。

 

最近だと無人レジが増えてて
レジ打ちの人がいないって
お店も増えましたね。

 

ドローンで配達なんてのも
やってますし、
ちょい昔だったらありえねーーーって
技術がバンバン出てきてます。

 

ZOOMとかも一般的に浸透して
会社にいく必要必ずしもなくね?
ってことに気づいちゃった人も
多いんじゃないでしょうか。

 

 

歌の配信だって
まぁ〜〜〜お手軽になったもので。

 

スマホ一本あればぜんぶ出来ちゃう。

 

パソコンやらカメラやら
専用ソフトやら通信回線やら
動画編集やら何やら…

 

ぜーんぶ無くてもできる。

 

20数年前の大学生だった私からすれば
いまの技術たちって正直
めちゃくちゃ凄いことだらけです。

 

どんどん変わっていく。
どんどん加速していく。

 

人間の心とか体ってのは
基本変わらないのに、
技術だけが脅威的スピードで
変革していく。

 

で、こんな感想をいただきました。

 

 


 

コウタローさん、
ご無沙汰しています
いつもアツいメッセージ、
ありがとうございます

 

先日鳴門美術館の流れから
DAOに関する動画を見まして、
これから向かうであろう世界を見て
恐怖と不安しか感じませんでした

 

バーチャルに移行していくことに
全然楽しさを感じることなく、
そんな私は
埋もれていくのだろうかと・・・

 

そこに自分を慣れさせていくべきか、
面白さを感じるようにしていくべきか

でも心はリアルを求めてる

 

否定も肯定もせず、
自分のいたい世界を見ていくしかない、
創るしかない

 

そう思ったときに
コウタローさんのメルマガを見て、
勇気が湧きました

 

自分はどう在りたいか

 

やっぱり自分で体験したい

うまくなくてもいいから、
この体で感じたい

 

バーチャルでどんな体験ができるのかは
不明なのでなんとも言えませんが、
自分の五感で感じる
世界を生きたいと思いました

 

また歌いに行きたいと思ってます

 

その時はよろしくお願いします^^

 


 

そう!

 

記事でも書いていますが、
技術がどんなことになっても
自分自身が感じていることだけは
圧倒的リアルなんです。

 

私の体験は誰にも奪えないんです。

 

例えば何かの企画に参加するってとき。

 

あのステージで歌うぞ!
と決めた時の胸の中の熱さ
心臓のドキドキ

 

参加するための申込みをするときの
カチリ、とクリックを押すまでの迷い。

 

押してしまったあとの
うぉぉぉ…やってしまった…!!
だいじょうぶだろうか?
ついていけるだろうか?
本当によかったのか?
湧き上がってくるザワザワ感。

 

リアルでその人と会って、
言葉を交わし、声を交わし、
一緒に歌い合って笑ったり、
ウンウン唸って悩んだり。。。

 

本番ステージから見た
誰もいない客席のガランとした広さ、
そこで今から歌うのだ、という
ヨシッ!て決意、とブルってる自分。

 

本番ならではのピリッとした緊張感
振り切るように声を発したときの
自分の声帯のビリビリ
マイクを通してビンビンに聞こえる自分の声
ピアニストといきづかい。

 

歌いながら湧き上がってくる
グォォォ〜〜〜っていう
喜怒哀楽のエネルギーの熱さ。

 

歌い終わった後のシーン…って余韻
その後の万雷の拍手

 

やり切った誇らしさホッと安堵、
メンバーへの感謝のあったかい気持ち
心の奥にポッと灯った炎。

 

 

こんな体験は自分だけのものだ。
決して代行なんてできやしない。

 

いくらAIが自分の声という素材を使って
美声化したり、
音量音質音程をパーフェクトにして
完璧な歌唱を生成してくれたとしても。

 

それじゃあ
心は燃え上がりはしない。

魂は震えない。

 

上手いとか下手とかじゃないんだ。

 

私が私を全身全霊で生きるからこそ
燃え上がるのだ、
震えるのだ。

 

 

これからも
技術革新のスピードは
止まることを知らないだろうし、
さらに加速していくでしょう。

 

そんなとき、
やっぱり思い出すのは
天空の城ラピュタの終盤で
シータがムスカに言ったセリフ。

 


 

今は、ラピュタがなぜ滅びたのか
あたしよく分かる。

 

ゴンドアの谷の歌にあるもの。

 

”土に根をおろし、風とともに生きよう。
種とともに冬を越え、鳥とともに春を歌おう”。

 

どんなに恐ろしい武器を持っても、
たくさんの可哀想なロボットを操っても、
土から離れては生きられないのよ

 


 

 

声はもう一人の自分。

 

声は心と体の相互作用で生まれ、
ときに魂を震わせるもの。

 

声と心と体は切っても切り離せない存在。

 

カラダは日々の調子や
バイオリズムで
かんたんに変化してしまう。

 

ココロはカラダとつながって
日々の喜びや悲しみや楽しみや怒りで
おおきく影響を受けてしまう。

 

自分のココロとカラダという
不完全な楽器である声。

 

あらゆるところから
影響を受けてしまう
弱っちい存在だ。

 

だけど。

 

どんなに人工知能が発展して
たくさんの完璧な歌がうたわれたとしても
そんなことは関係ないんだ。

 

歌いたい!

 

その生命の息吹を消すことは、
できない。

 

 

 

 

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