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【自己紹介①】走ってはいけない小学生時代

コウタローです。

さて、今でこそ『健康であることが普通』で、
薬や病院とも縁遠い生活を送っている私ですが、
もともとはカラダのトラブルまみれでした。

今日はそのお話をしようと思います。

私の最初の入院は生後100日のことでした。
百日咳という症状で、
地元である山梨県富士吉田の
市立病院に入院したんですね。

生まれつきカラダが弱かったんですね。
実はそれが名前にも反映されているそうです。

私の本名は羽田耕太朗(はだこうたろう)と言います。
それで、生後まもなく、
名前をつける際に父がとある
名付け師に相談したところ

「この子は身体が弱いから、
ちゃんと地に足がつくような
名前にしないと命に関わりますよ」

という話しを受けたそうです。
ちょっと物騒ですよね。

それで、『耕』とか『太』などの
ずいぶん骨太な漢字を使うことにしたとか。

田んぼを耕して太く朗らかに

なんて、ずいぶんと農耕な香りがしますよね(笑)

そのおかげか分かりませんが、
とりあえず今も生きています(笑)

ただ、体調は良好とは言えず、
小児喘息、アレルギー、アトピーなどがひどかったです。

子供の頃の自分ルールに
『走ってはいけない』
というのがありました。

というのは、走ると喘息の発作が起きるからです。
走るととたんに喉がキューーーーッとしまって、
口からヒューヒュー始まって
息がしづらくなります。

この苦しさはなった人はよく分かると思うのですが、
たとえばストローで呼吸している感じです。

ストローをくわえて
息を吸ったり吐いたりするんです。
吸うのも吐くのも大変なんですよ・・・。
命の危険を感じるので走るのは厳禁でした。

また、夜中が恐怖でしたね。
喘息や咳の発作は夜中にひどくなることが多いので、
寝静まった頃にゼーゼー始まるんです。

当時、発作が起きると家ではどうしようも無いので
夜中に病院に連れて行ってもらって、
気管支拡張の吸入をしてもらっていました。

あの白い煙みたいのを10分くらい
吸い込んでいるとやっと呼吸が楽になってきます。

行き帰りの車中、
助手席のシートを倒して、
窓から暗い空が広がっていた記憶が残っています。

しかしこんな生活に終止符を打つ
事件が勃発したんです。
小学校2年生のときでした。

『携帯用吸入器』の出現です。

いまでもハッキリ覚えていますが、
『ベロテックエアゾル』という名称でした。
いわゆる気管支拡張剤です。

革命でした。

だって苦しくなったらポケットから
取り出してシュッと白い煙を吸い込むと
スーーーッと息が吸えるようになるんです。

幼心に感動しましたよ!!

だって・・・。

夜中に病院行かなくて良いんですよ!
走って苦しくなっても大丈夫なんですよ!

どれだけ安心したことか!!
もう何を忘れても吸入器だけは
ぜっっっっったい忘れないように
していました。

缶が空っぽにならないようにも
非常に気をつけていました。
少なくなってくると2個持ちです。
空っぽになったら恐怖ですからね・・・。

当時の私にとっては、
まさに神ツールだったんです。

ただ、大人になってからですが
ベロテックエアゾルを使っていた人が
『心臓発作で死亡』というニュースを
見たときにはビビりましたね(^^ゞ

そうか、シュッとやった後の
心臓のドキドキはそのせいだったのか・・・って(笑)

そんなこんなで
運動=悪と思っていた幼少期の私は
当然のことながら運動もサッパリでした。
要は運動音痴です。

小学校1年の徒競走ではダントツビリ。
走っちゃダメだから当たり前でしたが。。。
結局、運動関係はぜんぶダメダメでしたね。

その他にもアレルギー性の鼻炎やらの治療もあり、
週一で市立病院に通って注射を打っていました。

特に母親にとっては、
相当手のかかる長男だったと思います。。。

いま四姉妹の父となって分かりますが、
子供がそんな状況だったら、
気が気じゃありませんよね。。。

実際に私の子供にも喘息が出て、
それを受けて生活習慣をガラッと一新したのですが、
その話はまたお話ししていきますね。

・・・と、そんなこともあってか、
小学生時代にはすでに
『自分の身体は全く信用できない』という
信念が形成されていきました。

結果、内向的な性格ができあがり
もっぱら室内で過ごす毎日を送っていました。
ゲーム、マンガ、本が当時の三本柱でした。

その後、悩み続けることになる

『自分に自信が持てない』
『行動できない』
『人とのコミュニケーションが苦手』

というメンタルは
この頃の出来事が大きく影響していますね。

上のようなことを今はさらっと書いていますが、
このくらいのことでも思い出すのには相当根気が必要でした。
完全に抹殺していた記憶だったので。

もうホント全然思い出せなかったのですが、
相当苦しかったからというよりは、

『自分は生きていると迷惑をかける存在だ』

と思っていたんです。

その影響が超強力なブロックになっていた
のを自覚したのはつい最近のことなんですね。。。

身体と精神は密接につながっています。
これは無意識のレベルなので、

自分のことを向き合っていく過程で
「え?!そんなことが関係あったの?!」
という驚きに満ちています。。。

ただ、このときの経験があったからこそ
『健康の大切さ』に気づくことができましたし、

『いまが人生で一番健康』
と言えるようになったのですから、
オモシロいものですね。

まとめます。

生まれたときから身体的ハンデ満載。
小学校時代は病院まみれ。
2年生で吸入器という救世主に出会う。
身体に自信ゼロのメンタルが形成される。
運動音痴の極み。
超内向的になった。

最近出会う人には
「コウタローさんは、若いですね〜」
と言われるようになりましたが、
別に最初から健康だったわけではないんですね。

『健康になるための行動』をとり続けている。
ただ、これだけのことなんです。

私の活動のテーマは「人生が変わる」ですが、
『健康』はそのための大前提です。
身体がボロボロでは人生モッタイナイです。

人生で本当にやりたいことをやるためにも
『健康なのが普通』の状態にする。

私自身が体験、体得してきたことを伝えることが
一人でも多くの人のお役に立ってもらいたい。

そう願っています。

自分の経験をお話しすることで
なにか響き、気づくことがあれば幸いです。

次は中学〜高校時代のお話をしますね!

今回はこのへんで!

 

 

▼続きはコチラへ!

【自己紹介②】中高生時代の人生の転機

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